 
 
 少年と思われそうだが、私の依頼は少女だったのです。でもこの絵が好きになり、少年のように見える少女ということで納得しました。彼女は波立つoceanの彼方に何を見ているだろう?
 若くして忘れ得ぬ人を想っているかのような、どことなく悲し気な雰囲気がある。きっと二度と逢えなくなってしまったひとのことを想って、こうして毎日海を見に来ているに違いなく、彼女の哀しみは ー 何があったのか知るよしもないが ー 随分と長い時間が経っているのに癒やされることがないままなのかも知れない。
 私はこの少女に寄り添うことは叶わない。哀しみに暮れている、私からみれば幼い子供に愛を持って接する力を有していないことは確かなことだから。なぜなら、もはやそのような愛の力を失って久しい。罪多く罪深いこの老人に何が出来ようか?出来るはずもないことだ。本当に申し訳ないとは思うが、心を壊したガラクタの塊。それが私。なにひとつ与えることなのど叶わない。
 だって、
 だって、
ただの絵だもの。
 年に一度くらいしか会えない娘の幼少時を想い出してしまうのです。あのころは楽しかったと。あの頃は父親らしいことをなにひとつしてやれなかったと。淋しい思いをさせ続けたのだと。
 まあ、いろんなことがあるのが人生ですから、致し方ないことではあるけれど、今思えば、なぜ?という後悔を抱くのもやむを得ないことです。
 良き父であろうと努力するべきでした。 許してくれ。愛してるよ。
と、文章に書くことだけは出来る・・・・
光の届かぬ水底で  
愛は 泡のように 形を変え  
幻想は 沈黙の羽根を持って  
日々を そっと 撫でていた
語られぬ記憶は  
言葉よりも 深く  
象(かたち)ではなく 兆しとして  
わたしの詩に 降り積もる
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