貴方へ。
わたし、最近になって気づいたのです。
壊れるということは案外、静かで、
氷が割れるみたいに澄んだ音がするのだと。
あの十年のぬくもりが、
ひそやかに、ひそやかに、
胸の底で粉雪のように砕けていくのを感じましたの。
許すことも、許さないことも、
もうどちらでも構いません。
わたしの心は、
そのどちらにも触れない場所へ落ちてしまいましたから。
感情という言葉の形を、
もう知らないのです。
籍は抜きません。
貴方のためでも、意地のためでもありません。
ただ、最後まで残った“わたし”の形が、
その欄に貼り付いて動かないだけ。
生きものが死んだあと、
体温だけ消えて殻だけが残るようにね。
わたしは今、その殻を書いています。
拓海は、泣かなくなりました。
泣きたくないのではなく、
涙の出し方を忘れてしまったのです。
あの子のまぶたに触れるたび、
冷えた陶器に触れているようで、
わたしは奇妙に安心するのです。
だって、生き物の壊れる瞬間は、
どうしようもなく美しいでしょう?
運動会の空席のこと、覚えています?
あの日、風が通り抜けただけのあの席を見て、
わたしは笑ってしまったの。
ひどく静かに、ひどく楽しげに。
ああ、これで終われるのだと、
やっと分かったのですもの。
あの空席そのものが、
わたしたちの家族の最期の姿だったのです。
貴方がどこへ逃げようと、
わたしにはどうでもいいこと。
ただ、ひとつだけ望むことがあるとすれば――
街角で拓海の年頃の少年を見つけた時、
胸の奥を少し切るような痛みを
大事に抱えていてくださいな。
痛みがある限り、
貴方はまだ、
人間の形をして生きていられるのだから。
わたし、引っ越します。
雪の多いところへ。
静けさが、耳の奥をゆっくり満たしてくれる土地へ。
誰もわたしたちを知らない場所で、
時間が歪むのを待とうと思います。
わたしの心が、
もう一度、
冬の底から浮上できるかどうかを。
これは最後の手紙です。
貴方が眉をひそめて読む姿を、
今、わたしは確かに思い浮かべています。
その顔が、
十年の中でいちばん愛おしい。
ゆっくり崩れていくものの美しさを、
わたしは今、
ようやく理解しましたの。
どうか、お元気で。
かしこ
禍いの箱、