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    愛と幻想の日々

静謐のルシファー・ローズ





一、

ああ、 すべてが終わった

長い放浪の果て、私は霧を裂きながら進んできた。
幾夜の風雨に晒され、皮膚は鞣(なめ)され 泥濘む湿地は、重く歩みを留めた。

感情は引き攣り、身体は掻痒とし、魂は渇き切った。

 それでも
    ただ一つの古い記憶、”場所”へと急ぐ。


あの日の、光と高揚の残り絵を標とし、遙かな”場所” 忘れ去られた森の奥。
疲労は骨を軋ませ、靴底は砕ける。

冷たい雨よ、もはや 試すのはよしてくれ。

 「この泥の果てに、何が? 私を待つもの...」


二、

深い森は、沈黙を以て迎えた。

辿り着いた古(いにしえ)の冷たき石造りの門前、
しかし
眼の前に展がる記憶の冒涜に膝を落とした。

屋根は空に喰われ 窓枠は腐食し支えを失い 壁は崩れ床に吸われて、
嘗ての艶やかで輝いていた"場所"は、無惨な瓦礫の墓碑と化している。

望みの糸は音もなく、凍てついて千切れた。

 帰るべき”場所”は、過去となり、虚無に浚(さら)われた。

旅の終わりに得たもの 喪失 完全なる喪失だ。
容赦なく降り続ける雨は この肩をずっしりと重くする。
ああ 私が探したものは、この廃墟なのか。

 「ああ、すべてが 終わった。私の「家」は、ここに、無い...」

 残ったものは ただの残骸。


三、

崩壊の前で立ち尽くす私は、ただ濡れるばかり。

 「喪った。  すべて。 名誉も、しるしも、拠るべき"場所"も。」

やがて、その深い空虚の内に、静寂という灯が...

世俗の衣を脱ぎ捨てた 無為の瞬間
雨の音だけが、耳の奥へと 純粋な響きとなって浸されていく。

持つものすべてを失った 奪われるものもない

 たましいは 水底深く沈み
 そして 静かに

屹立した

もはや この無 この空(くう)こそが 砦。

 「これでいい。私を壊すものさえ失った。」

この内なる灯...


四、

気づけば、その暗がりの 崩れた石畳の冷たい隙間に ひとつの異形。

ルシファー・ローズ

濡れてなお、威厳を失わぬ 黒曜のごとき 一輪の薔薇。
闇の中でおのれを貫き 微動だにしない孤高。

”場所”が滅びてもなお 大地に刻まれた最後の気品。
護るべきは 長い旅の道で得たあれやこれやの形 ではない。

一輪の薔薇が示す 不滅の尊厳。

 ああ    この火よ
   決して  消えること勿れ

   「見よ、この闇の中の光。私のたましいの火よ。
     すべてを失ってもなお この高潔さは枯れぬ。」













【初出稿】
ルシファー・ローズ







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蒼夢(そうむ)
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G3(木俣島也)

夢の廃墟で
 ビー玉を磨く
幻想の欠片に
 ひとつの灯を見いだし
沈黙の底で
 言葉の息を聴く者。

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